最高裁判所第一小法廷 昭和47年(オ)629号 判決 1972年10月12日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人小野実の上告理由一について。
所論甲第一号証ないし第四号証の被上告会社および同会社代表者の各印影が、それぞれ、被上告会社の会社印および代表者印により顕出されたものであることは、当事者間に争いがないが、かような場合には、反証のないかぎり、その印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定すべきであつて、その結果、民訴法三二六条により、文書全体が真正に成立したものとの法律上の推定を受けることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和三九年五月一二日第三小法廷判決・民集一八巻四号五九七頁)。しかし、印影が本人の意思に基づいて顕出された旨の右の推定は、事実上の推定にとどまるから、原審が、被上告会社がその会社印および代表者印を訴外今田商事株式会社に預託するに至つた経緯、右預託後、被上告会社において右預託印章を使用して手形等を振り出す際の状況、ならびに甲第一号証ないし第四号証の各記載にナンバーや刻印などのない事実を認定したうえ、これとあいまつて、前示被上告会社の会社印および代表者印の顕出に関する推定を破り、その真正の成立を否定したことは、原審の自由心証に属するものとして許されるところであり、右認定は、当裁判所としても、是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同二について。
被上告会社が、その会社印および代表者印を前記訴外会社に占有保管させたのは、訴外会社に所論の代理権を与える目的であつたと認めうる証拠がない旨の原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして、首肯しえないものではなく、原判決の右判示するところの趣旨は、所論乙第二号証の記載内容が措信できないとして、これを排斥したものであることを窺うことができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の認定にそわない事実に基づき原判決を非難するものであつて、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 岩田 誠 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一)